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第9話

 

 

 

法医は街を徘徊していた。

王の要請がない可能な限りな時間を、酒場や市場などで聞き込みをし、反乱軍の噂がある場所へ赴いていた。

 

 

 

「今日も空振りか・・・。」

所詮街で拾える程度の噂話では、とても国に反旗を翻す一団の居場所など突き止められることは叶わなかった。

ゴーン、ゴーンと、夕刻と告げる鐘の音が響き、歩みを止めて音源である小高い丘に建てられた教会の方を見つめると、ドン、と胸元に

軽い衝撃があった。

「ごめんなさい。」

フードを目深にかぶった女が立ち止まっていた法医にぶつかったようだ。

女はその風貌からもうかがわれるように、こちらとなるべく関わり合いになりたく無いようで、早口で謝罪を口にするとさっと身をひるがえして

立ち去ろうとした。

この国の人間と関わり合いになりたくないのは法医も同じであったので、気に留めることもなくそのまま立ち去ろうとした。

次の瞬間、急に強い風が吹いた。

法医は砂が目に入らないように腕でかばったが、その少し先で、「きゃっ」という小さい悲鳴が聞こえ、女のフードがはだけた。

法医は我が目を疑った。

セミロングの栗色の髪を、高い位置でまとめた、意志の強い大きな瞳の

「シャル・・・ロッテ・・・!」

「アディ!」

 

 

 

シャルロッテは法医に気づくと、駆け出した。

「ロッテ!待って!」

法医は彼女の後を追って走った。

ずっと探していた。

やっと見つけた。

まさかこんな近くにいたなんて。

ものの数分で法医はシャルロッテに追いつき、その腕を捕まえた。

「嫌!離して!」

シャルロッテは嫌悪をあらわに法医に腕を掴まれたまま暴れた。

「ロッテ、落ち着いて」

法医は努めて穏やかに語りかけたが、シャルロッテは聞こうとしない。

「大声出すわよ!誰かっ!」

仕方なく法医は自分を押し殺して冷たい声を出した。

「構わないよ。人が集まって困るのは、この国で王の覚えのいい法医の私か、反乱軍の君か。どっちだと思う?」

「・・・好きにしなさいよ、天才法医様。寒気がするわ。」

こんな言葉、彼女の口からだけは、聞きたくなかった。

 

 

 

法医が呆けている間に、王はせっせと侵略を続け、レナーリアはあっさりと陥落した。

もともとレナーリアはパールファイディーほど軍事に力を入れていなかったし、そもそもの戦闘スタイルが違ったのだ。

レナーリアの軍は少数精鋭、そして一番の要は法医であった。

戦場では自軍が見渡せる物見櫓が一番に設けられ、まずそこの守りを固める。

そこにレナーリアの守護神、ディナリーテガルト家の当主が立つのだ。

その瞳に映すものを思いのままに癒すことのできるディナリーテガルト家の人間は、まさに守護神であった。

レナーリアにおいて王家と並び称されるその尊い血は、王家に求められることもあったがその力ゆえか短命なものが多く、まず成人まで育つ

者が少なかった。

王家に死人が出るのは不吉とされ、王家とディナリーテガルト家が交わることはなかったが、希少な宝として余計に大事にされていた。

その、一番の要は、前哨戦ともいえる国境近くの小さな村で、力を失ったのだった。

 

 

 

法医はシャルロッテの腕を取ったまま、安宿に一室を取った。

宿の女将は面倒事は御免だとばかりに、初め空き部屋はないとごねたが、法医が金貨を出したので考えを改めてすぐに部屋を用意してくれた。

そのまま部屋に連れ込まれたシャルロッテはそれまで黙っていた口を開いた。

「それで?王の寵を受けた天才法医様が私に一体何の用?王のように私を切り裂いて楽しむ?それともあなたの大事な王に私を反乱軍の一員

だと言って引き渡す?あの王に私が引き裂かれるのを見てあなたも興奮するってわけ?」

憧れていた、大切だった少女が、醜く顔を歪めて、酷いことを口にしている。

こんなことを言わせているのは自分なのだ。

誰よりも笑っていてほしいのに。

 

 

 

本来ならばレナーリアの首都で、国王軍を率いて挑むべきであった。

そうすれば前戦に立つ王の首を取れたかもしれない。

しかし第二の故郷ともいえるあの村が襲撃されていると聞いた法医は、留まることができなかった。

父親は法医にすべてを残して先立っており、法医はレナーリアの守護神その人だったのに。

母親は必死に息子を止めたが、法医はその制止を振り切り、村へ駆けつけた。

村を見捨てて首都に残り、体制を整えて挑めば、勝てずとも国が亡ぶとまではいかなかったかもしれない。

自分は首都を捨てて、村を選んだのだ。

その代償が、これだ。

全てを失い、大切な女性にこんな顔をさせている。

それでもシャルロッテは気高く美しい。

彼女はこんな状況でも前を向き、未来を見つめている。

それなのに自分はどうだ。

いつまでも失ったものに後悔の念ばかり抱いて、何もせずにただ呆けている。

 

 

 

「ロッテ・・・」

「な・・・なによ・・・なんであなたが泣いてるのよ!」

法医は子供の様にボロボロと涙を流していた。

シャルロッテの前ではどうしていつも子供の様にうまくいかないのだろう。

「や、やめてよ、もう、子供じゃないんだから・・・。」

シャルロッテは困惑を隠せないものの、ハンカチを取り出して法医の涙をぬぐった。

「ロッテ・・・」

法医はおずおすと手を回すと、シャルロッテをそっと抱きしめた。

シャルロッテは法医の背に手をあてて、ぽんぽん、と子供をあやすように優しく叩いてやった。

 

 

 

「アディ・・・あなた、どうし・・・」

「ロッテ、これを君に。」

シャルロッテが何か言い終わる前に法医は彼女から体をはなし、懐からカードを取り出した。

それは彼女を模った春を告げる女神のカード。

大切な親友からの、返す宛ての無かった預かり物。

「ハウリーから、預かってたんだ。ハウリーにはもう返せないから・・・君に返そうと思って、探してた。」

「アディ・・・!」

「シャルロッテ、君は私が守るよ。・・・何に代えても。」

そう囁いて、法医は部屋を出て行った。

残されたシャルロッテはカードを手にし、その場を動けなかった。

 

 

 

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