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第8話


ジャンは事後処理があるらしく、私たちの後をすぐに追っては来なかった。

国境を超えたのも大きかったかもしれない。

王太子が何の連絡もなしに他国にひょいと顔を出しなどしたら、国際問題にでもなりかねない。

私?

私はいいのだ。

ちゃんと通行手形も用意してあるし、たくさんいるうちの一人の姫だし。

そう、我がサントノーレはとにかく王子王女が多い。

父王が好色なのもあるだろうが、我が国は王子や王女を他国と婚姻を結ぶアイテムとして発展してきた。

もはや名産品だな。

供給過多で価値が暴落しそうだが。

歴代の王も皆、そうしてきた。

国と己を守るために。

なので当代の王の兄弟姉妹は皆他国へ嫁ぎ、父王は妻と子は多くあるものの、傍系の血族は遠く離れた地に行ってしまったのだ。

ただ一人を除いて。

さてまもなくこの旅最後の目的地だ。

城壁に取り囲まれた中に広がる活気のある町へ私たちはやってきた。

まずは宿をとって服飾店へクリストファを使いにやる。

久しぶりの正装を仕立てるためだ。

仕立てるといってもあまり時間がないのでありもののサイズ調整程度でかまわない。

正式に城に入れればいいだけだ。

昼過ぎについて宿でぼんやりしていたらもう日が暮れている。

私としてことが観光どころか宿から一歩も出ていない。

柄にもなく緊張しているのか。

いかんいかん、少し外の空気を吸おう。

と、宿の裏手の狭い庭に出ると、またこいつか。

「やあ、姫。奇遇ですね。いや、今夜ばかりは偶然ではないのですがね。ミーアを寝かしつけるのに少々手こずってもうこんな時間だ。」

肩よりやや上で銀色の髪をさらりと揺らし、褐色の肌に切れ長の目をした男が相変わらずこちらの迷惑など素知らぬ顔で現れる。

「サントノーレのおとぎ話を知っているか。」

決戦を前に見知った顔に気が緩んだのか、つい私はこんなやつ相手に口を開いていた。

「初代王の建国神話ですか?さわり程度なら。しかし姫の口からお聞かせいただけるのなら何でも何度でもお聞きしたいものです。どうぞ。」

そう言ってジャンは上着を脱いで草の上にひいた。

私は遠慮なくその上に腰を下ろした。

***

昔々あるところに、仲の良い姉弟がいました。

姉はとても強力な魔法使いで、弟が国を興すのに尽力しました。

弟は姉の助けで国を興し、いつしか大国へと発展させました。

姉は言いました。

愛しい弟よ、そろそろ私たちも跡継ぎをもうけましょう。

弟は言いました

姉君の事は愛しているが、私の愛とあなたの愛は違うようだ。

無下にされた姉は怒り、弟に呪いをかけました。

「私を拒むなんて許さない。お前にもお前の子々孫々までも私と同じ呪いをかけてやる。」

そうして姉は国を去り、残された弟は王様としてその国を守り続けました。

 

 

めでたしめでたし。」​

「初めて聞いた時から思っていたのですが・・・それはめでたいのですかね?仲の良い姉弟は仲違いをし、姉は最愛の弟に呪いをかけた。

弟に残されたのは玉座だけ。国なんて興さない方が二人とも幸せでいられたのでは・・・」

「ああ、まだ続きがあるんだ。解けることのない呪いと共に、と子供向けには結ばれるのだが、限られた者に受け継がれる内容なのだが。

その呪いを解くカギはもっとも血を濃くした者。魔女の望みをかなえたその血をすべてささげれば、その血脈は呪いから解放されるだろう。」

 

「魔女の望みをかなえた血を・・・ささげる?」

「私の養母は、この国の王の母。私の母は私を産んですぐに亡くなった。父王は私を養母のもとに渡し、自身の子と同様に育てよと命じた。

と言っても実際育てたのは乳母だがな。彼女の子供たちの中に混ぜておけ、と言われたのだ。髪と目の色が同じだったから。私の母と。

養母は私を預かれば王の寵愛を受けられると思って請け負ったが、父王の気の多さは変わらなかった。腹を立てた養母は私に母親が誰か

教えてくれた。そして私が彼女の息子に懐いているのを気味悪がって手放した。それがこの国の王、ギルバート兄様だ。」​

 

「姫?」

いつの間にか早口になり、毒を吐き出すようにしゃべり続けた私を、ジャンは怪訝そうに見つめていた。

「私は最も血を濃くしたもの。母は私を産んで気がふれて亡くなった。」

「それはどういう・・・。」

「少ししゃべりすぎた。明日は朝早いんだ。もう戻る。」

私はすっと立ち上がって足早に宿に戻った。

​***

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