第6.5話
「ミ、ミーア、ちょっと離れてくれないか。」
私は今、若く美しい容貌の娘に組み敷かれている。
これが普通の女であれば、健康な男である自分としてはまぁまんざらでもない展開である。
が。
その体は容積からは想像もつかないほど重く、そして固い。
おそらくこの重量は本来の姿の重さなのだろう。
美しくなまめかしい若い女の様に見えて本来の姿は神聖にして強大なドラゴンなのである。
なのでその皮膚も、比喩ではなくとんでもなく硬質なのだ。
はっきり言ってその身を寄せられても何ら嬉しくない。
ただただ重く、気を抜くと押しつぶされそうだ。
「どうして?ミーア、ジャンすき。ジャンもミーアすきでしょう?」
どこで覚えてきたのか、獣の本能なのか、着々と力技で衣を脱がすというか裂いていくミーアの注意を引こうと声をかける。
「好きだ、好きだけど、私の話を聞いてくれたらもっと好きになるぞ。」
「もっとすきになる?」
ミーアの手が止まった。
気を引くのに成功したようだ。
「そうとも。久しぶりに会ったのだし、ちょっとあちらの椅子に腰かけて、二人でお茶でも飲みながら色んな話をしよう。婆、例の「特別な」茶を。」
先ほどからにやにやと視線を送るだけでまったく役に立つ気のない婆に指示を出す。
とにかくまずはミーアを私でも御せるようにしなければ。
お婆は不服そうな視線を向けてきたが、きつくにらむとしぶしぶ茶を用意し始めた。
小さくするときは無味無臭、戻るときは見た目も臭いもとんでもない例の「特別な」茶を。
***
美しい、会えてうれしい、など心にもない言葉を並べ立て、なだめすかして何とか茶を飲ませた結果、ミーアはくうくうと小さな寝息を立てて
テーブルに突っ伏して眠っている。
このまま一晩寝て起きれば、出会ったころの少女の姿になっているだろう。
まったく婆ときたらまだぶちぶちと不満そうになにかつぶやいている。
無理に決まっているだろうが。
加減を知らぬドラゴンに食いちぎられたらどうするのだ。
やれやれ、婆もミーアが現れるまではあの姫との仲を応援してくれていたのに。
若く美しく、聡明で行動力のある少々毛色の変わった姫君。
初めて彼女を見たのはいつだったか・・・彼の国の大勢いる王子か姫君かの誕生パーティーで諍う姿・・・。
***
会場の端に寄り添う男女・・・と思いきや男の方が何やら声を荒げている。
こういったパーティーは近隣諸国の王侯貴族が年頃の子息子女を宣伝する為に集い、魅力的に見せることに重きを置いているはずであり、
実際この二人以外はうふふおほほと本音を隠し、互いの外観や経済力や手腕、胸中等を探り合っている。
表面上は穏やかで面白みのないパーティーの中で、二人は異質だった。
男の方は確かホスト国の第8王子・・・確か彼の誕生パーティーだった・・・つまりこの日の主役だったはず。
女の方は・・・同じく14王女か?
「なぜそんなガラクタを身に着けてきた!私に恥をかかせるつもりか!」
「これは市井の子供が私の為にと作ってくれたものです。パーティーで必ず身に着けると約束したのです。」
「そんなものは内輪の集まりにしておけ!時と場所をわきまえろ!」
「私なりに考えた結果です。」
「いい加減に・・・!」
「失礼」
毅然と答える王女に王子が右手を振り上げたところで、私はつい声をかけていた。
「こちらの麗しいレディにお声掛けしてもよろしいですか?」
「あなたは・・・愚妹ですがお相手いただければ幸いです。」
王子は気まずそうに苦笑いを残して去って行った。
「余計な真似をしてすみません。素敵なネックレスですね。」
「ありがとう。」
私の社交辞令に彼女は能面のような笑顔を張り付けて言った。
時と場所をわきまえた微笑みだ。
***
あの時は確かに少し興味が湧いたものの、まあそれだけだ。
仕事に忙殺されてすぐに忘れた。
それがまた思い起こされたのは、父王からそろそろ嫁を娶れと催促された時だ。
正直誰でもよかった。
できれば大人しくて自己主張の無い、あまり自分に干渉してこない女だと今と変わらず自由に動き回れるのだけれど。
そんな適当な気持ちで釣り書きを眺めていた時、ふと一枚の姿絵に目が留まった。
金糸の髪にくっきりとした大きな緑色の瞳、白くすらりとした体躯。
確かに彼女は美しい。
ただ私の国の王妃には向かないだろう。
彼女のような主張のはっきりしたタイプはきっと、何でも彼女の言うことを聞く傀儡のような王か、彼女が従うに値すると認める価値のある王
だろう。
自信がないのかと言われればまぁそうだ。
女に手間暇かける性分でもない。
なるべく手のかからなそうな女を・・・と釣り書きを何度見ても、彼女以外目を止める女がいなかったのだから仕方ない。
父王にサントノーレ王国に打診してくれと願い出た。
いくばくか経った頃、国内の問題を片づけていた時に、たまたま彼女の面影を見ることになった。
実際は本人だったのだけれど。
結婚相手の品定めに自ら単身(従者は一人いたが)乗り込んでくるとはなんと破天荒な姫だろう。
しかも進んで山賊に誘拐されに行くとは一体何を考えているのだ。
今までに姫君どころか町娘でもこんな女は見たことがなかった。
この姫は一体どんな男をどんなふうに愛するのだろう。
それが自分だったらどんなに・・・。
この時から私は姫に少々ちょっかいを出すようになる。
男のなりをした姫は剣の腕はなかなかのもので、訓練された熟練の兵とまではいかないものの、その辺の王侯貴族のボンボンや賊などでは
足元にも及ばないだろう。
そういう意味では、彼女の旅について(従者も1人いることだし)安全面ではあまり心配していない。
ただ彼女は一国の王女であるだけあって、世間知らずは否めない。
自分から厄介ごとに首を突っ込んでいく。
そういう姫だから、本当にたまたま会えたこともあるし、この先会える予感もする。
姫の極稀に見られる飾らない笑みや照れた顔、困惑した顔など、彼女の色んな一面にどんどん惹かれている気がする。
一方私は近隣諸国の王子の中ではそこそこ評判がいいはずと自負しているのだが、なぜか姫には会うたび嫌われていくような気がする。
先ほども私が女に組み敷かれているところを笑顔で去って行ったし。
少しぐらい妬いてくれてもいいではないか。
とりあえず件の女、ミーアは私でも御せるように、体も力もお婆の魔法の薬で小さくした。
小さくなってもミーアは片時も私のそばを離れようとはせずちょろちょろとついて回るので、城内では私の隠し子かと噂されるほどだ。
外での仕事もできたし、ミーアを押し付けて行った彼の姫にそろそろまた会いに行くとするか。