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第8話

 

 

 

パン!ビシイッ!バシッ!

乾いた皮が皮膚を打ち据える音が天幕の中に響く。

「・・・っ!」

うめき声をこらえ、打たれているのは法医。

鞭を振るう王は高揚している。

これは罰ではなくただの王の楽しみの一つであった。

「珍しいな、お前が負傷して戻ってくるとは。」

バチンッと大きな音を立てて鞭を振る手を緩めることなく語りかけた。

「しかも常なら打った先から傷が塞がるものが、今宵はどういうわけだ?お前の美しい白い肌に真紅の血が散ったままではないか。」

王は法医の背をうっとりと眺め、その背をなでた。

「・・・ぅあ!」

傷口を王のざらついた武骨な指に触れられ、法医はたまらず声を上げた。

「おお、いい声で鳴くではないか。」

興奮した王は執拗に法医を攻め続けた。

 

 

 

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いつの間にか雨が降っていた。

まるで焼け焦げた村を癒すかのように。

しかしアデリードはその場から動けない。

親友の千切れた四肢をかき集め、何度術を施したかわからない。

完璧に自分のものにしたはずの術が発動しない。

死者をも甦らすと謳われたディナリーテガルト家の秘術が。

死者?

ハウリーは死んで無い。

最初に術を施した時は僅かだが確かにまだ息があったはずだ。

ならばなぜ。

術を使いすぎて頭が痛かった。

雨の音に混じって蹄の音が聞こえた。

ここには誰もいない。

自分だけ残ってしまった。

もういっそ

死にたい。

 

 

兵士は馬に乗り残党を探していた。

負傷した敵兵の生き残りを見つけて止めを刺すだけの簡単で億劫な仕事だ。

しかし手を抜くことは許されない。

それが自分にどんな災いを招くかは理解していた。

狂気の王はいつだって理由を探していたのだから。

ため息をつきながら雨の中をゆっくりと進んでいくと、一組の影があった。

いや、それは一人だった。

ああ、また見つけてしまった。

兵士はいやいや骸を抱えて座り込んだ白衣の背に槍を振りおろした。

悪いが死んでくれ。

 

 

アデリードと兵士の利害は一致していた。

ザク、と嫌な音と感触が腕に広がり、血しぶきが飛ぶ。

もう何度目かのうんざりする光景に兵士は一度顔をそむけたが、槍を引き抜くために顔を上げた。

が、その目に映ったのは、驚くべきものだった。

引き抜いた槍が白い背からさらなる血を生み出したが、まるで時間が巻き戻るかのようにその背に還って行った。

兵士は一瞬何が起こったのかわからなかったが、その光景に恐怖し、間違いを正そうとさらに槍を振り下ろしては引き抜いた。

何度肉を裂き血を流してもそれらはすべてなかった事のように元に戻っていく。

切り裂かれたアデリードの衣服だけが兵士の行いを証明していた。

「ば…化け物っ!」

兵士は恐ろしくなって思わず馬上でのけぞったが、こんなものをここに放置したことが後で知れればどんな目に合うかわからない。

目の前の化け物よりも恐ろしいのは彼らの王であった。

兵士はおそるおそる馬から降り、アデリードの腕をつかんで立ち上がらせた。

ふらつきながらも目の前の化け物はされるがままに立ち上がった。

どうやら反抗する気はないようだ。

兵士は化け物を馬に乗せ、戦利品として王に献上することにした。

 

 

 

王はお楽しみの最中だったようで、兵士に対して明らかに興味薄であった。

戦場にこんないい女を何人も侍らすとはなんともうらやましい・・・ではなく、なんと不謹慎な、と兵士は心の中で毒づいた。

「で、余に献上したいものとは何だ。つまらぬものであれば、わかっておろうな?」

「は、こちらに。」

美女を味わいながらも次の楽しみを探し始めた王の餌食になるまいと、兵士は戦利品を引きずり出した。

「なんだ?この薄汚い者は。あの村の残党か?・・・まぁ、見目は悪くないようだな。」

村での戦闘と兵士にさんざん切り付けられたせいで薄汚れた化け物は兵士に放り出され、力なく崩れ落ちた。

王は始めは遠巻きに見ていたが、化け物の整った顔貌に興味を惹かれたようだ。

「これは男ではないか。・・・しかし美しいな。」

誰に言うでもなく呟きながら、王はしゃがみ込んで化け物の顎をグイと持ち上げてその顔をしげしげと検分していた。

「陛下、それはそのような者ではありません。失礼いたします。」

兵士は王の前で化け物の背に槍を突き立てた。

「何をするっ!」

王は憤慨して兵士を見上げた。

が、次の瞬間その目は大きく見開かれた。

一度吹き出した血が、裂けた肉が、戻っていく。

おぞましくも美しいその光景に、王は夢中になった。

化け物は王をそのうつろな紅い瞳に映し、思った。

これがあの戦争の元凶。

死ね。

すると王自身やその場にいた兵士など、化け物の視界に入ったものは皆傷が癒えていた。

「死にたい。」

化け物は小さくつぶやいた。

 

 

 

敵兵の残党でありながらも自らを癒した見目麗しい化け物を、王はそばに置くことにした。

化け物はしばらく呆けていたが、呼べば応えるようになり、命を聞くようになった。

なぜ化け物が何の見返りもなく自分に仕えるのか王は全く見当もつかなかったが、とりあえずは現状に満足していた。

それから化け物はダブルディーと呼ばれ、天才法医の名を欲しいままにしていった。

この国で自分から欲したことなど、一度もなかったが。

法医はずっと呆けていただけだった。

ずっと。

ずっと。

 

 

 

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「・・・シャル・・・ロッテ」

無意識に口をついて出たのは幼馴染の少女の名であった。

今は驚くほど美しい娘になっていた。

いや、気の強いところと正義感の強いところはあのころのままだった。

それにシャルロッテはあのころから美しかった。

「ほぅ、お前の口から女の名が出るとは珍しい。」

はっとしたときには遅かった。

「どこの女だ?わしに紹介してはくれないのか?」

気を失い、意識が混濁してつい口にしてしまったのか。

余計な詮索をされてはシャルロッテに危害が及ぶかもしれない。

なんといっても彼女は反乱軍の一員なのだから。

それ以上に、自分と旧知の者であると知れればまずいことになるのは火を見るよりも明らかだった。

「死んだ妹の名ですよ。」

自分でも驚くほど声が掠れていたが、王は納得したようだ。

「なんだ、妹がいたのか。お前の妹であればさぞや美しい娘であっただろうに惜しいことをした。」

いもしない妹へ劣情を抱く王に辟易したが、一難は去った。

ほっと小さくため息をつき、法医は再び意識を失った。

 

 

 

再び目を覚ますと、負傷者用のテントの簡易ベッドに寝かされていた。

重い体を無理やり起こすと、落馬と王のお楽しみのおかげであちこちが痛む。

痛む?

あまりに久しぶりのこの感覚が治まらない事に、法医は驚きを隠せない。

なぜ。

この力はあの時に。

おかしくなった力がまた変化し始めたのか。

あるいは。

しばらく空虚を見つめていたが、いつまでもここにいても仕方ない。

法医は立ち上り、自身を隔離してくれていたカーテンを開けて外へ出た。

するとすぐそばにいたこの国の医師、ミッドリティシアと目があった。

「ドクター!まだ横になっていてください!」

医師は怒ったような口調で法医をカーテンの中に戻そうとしたが、法医はふらりと手近な負傷者に歩み寄った。

「大丈夫です。私も手伝いますよ。それに私が寝ていてはベッドが一つ塞がってしまう。その分負傷者を寝かせてやってください。」

そう言って法医は負傷者の診察を始めた。

 

 

 

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