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第7話

 

 

 

法医は王に呼ばれていた。

要件はだいたい想像がついた。

先日侯爵家でやらかした一件について、であろう。

そう遠くないうちに王の耳に入るであろうことはわかっていたが、面倒なことだ。

やれやれ、とため息をつきつつも、身から出た錆、お咎めを神妙にお受けするしかない。

その扉の前で、ぱん、と小気味よい音をさせて両手で襟を引き、ノックをする。

「陛下、ディナリーテガルトにございます。」

「うむ、入れ。」

「失礼いたします。」

 

 

許可を得て入室すると、部屋の主は思いのほか不機嫌そうではなかった。

不審に思いながらも、要件を訊く。

「お呼びでしょうか。」

「うむ。ダブルディーよ、お前、やりよったな。」

「何のことでしょうか。」

「ルージェイ伯爵の娘の件だ。 誰が泣かせろといった。わしは嫁にしろと言ったはずだ。」

「・・・申し訳ありません。私のような田舎者には貴族のご息女の扱いなど想像もできず、このような結果になり残念に思います。人には向き不向き

というものがあります。私は医術法術を行う以外に能がないのです。」

法医は心にもない文句を述べ、言外にこの件はもう終わりにして欲しい意を忍ばせた。

「まったく、家柄がよく若く見目の良い女を選んでやったのに、何が不満なのだ。好いた女でもいるのか?」

「めっそうもない。私は陛下のもとで一人骨を埋める所存です。」

なかなか感情の読めない法医に多少の苛立ちを感じたものの、その言葉に今の所偽りはなく、自分からは何の見返りも要求せず、ただただ王の命に

従い続ける法医に王はため息をつくだけにした。

「まぁいい、この件は保留だ。ミッドエンドで反乱があった。戦に出るぞ、支度をしろ。」

「は。」

王が追及の手を緩めたのは、目の前に楽しみができたからであった。

 

 

 

部屋に戻ると法医は申し訳程度の胸当てを白衣の下に仕込み、パールファイディーの紋章が刻印されたサーベルを脇に差した。

はたから見ると、普段と対して変わらぬ軽装であったが、これが法医の戦闘服であった。

後は愛用の鞄を持ち、ふらりと部屋を出る。

しばらく戻らないであろうこの部屋にも、法医はなんの愛着もない。

 

 

 

ミッドエンドは辺境の小さな村だった。

狭い道を騎馬で駆けるのはなかなか骨が折れる。

そんな中、王は嬉々として馬を走らせていた。

まるで狩りをするように、自身を餌にして獲物をいぶりだすのを楽しんでいるのだ。

しかし法医は違和感を感じていた。

辺境の小さな村にしては、銃火器の量が多い。

この村に武器を流している後ろ盾があるのではないか、そう考えた矢先、ドォン・・・という音がして、目の前が粉じんに包まれた。

まずい、と思った時には馬がヒヒーンと高く嘶いて、暴れだした。

馬術に長けている、とは言い難い法医はあっさりとその背から放り出された。

 

 

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何でもできていつも皆の中心にいるのはハウリーだった。

法医は体が弱く部屋で本を読んでいるのがほとんどであったが、部屋の窓から見える子供たちの楽しそうな様子に誘われ、度々家を抜け出して

は彼らと遊んでいた。

病弱な法医が元気溌剌とした子供たちについて行けるはずもなく、いつも足手まといになっては子供たちからばかにされていたが、そんな法医を

いつでも迎え入れてくれるのがハウリーであった。

そしていじめられそうになると必ず法医をかばってくれるのが、シャルロッテであった。

シャルロッテは賢く正義感の強い少女で、シャルロッテの言う事には敵わない、とハウリーや仲間の子供たちにも一目置かれていた。

法医はそんなシャルロッテがいつも自分をかばってくれるのが嬉しかった。

たとえそれが自分が庇護されるべき弱者であるからだとしても。

 

 

年頃になると、男は男同士、女は女同士でつるむことが増え、シャルロッテと遊ぶことはずいぶん減ってしまった。

それをさびしく思っていた矢先、村でお祭りが開かれることになった。

村では何年かに一度祭が開催され、それに参加する事は大人になる儀式でもあった。

成人の儀として、村の男女はパートナーを決め、ダンスを踊る。

これがこの村での習わしだ。

法医は意気揚々と、シャルロッテを探した。

ハウリーと、シャルロッテと、三人でお祭りに行こう。

そう誘うつもりだった。

家々の間の細い道を抜けると、シャルロッテの姿が見えた。

「ロッテ!」

そう、声をかけようとしたが、シャルロッテの向かいにはハウリーの姿が見て取れた。

二人の距離はとても近く、親密そうな笑顔を湛えていた。

二人のそんな顔を、法医は見たことがなかった。

その瞬間、理解した。

子供だったのは自分だけだったのだ。

二人はとっくに大人だった。

法医は家に戻るとそれまで世話をしてくれた使用人に別れを告げ、とるものも取らず首都に向かっていた。

当時の法医はこれ以上あの村にいるのは耐えられなかった。

 

 

 

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「・・・ド・・・アデリード!・・・アディ!」

何年振りかに聞いた自身のファーストネームに、法医は目を覚ました。

「・・・シャル・・・ロッテ?」

落馬のショックでまだ夢を見ているのだろうか、目の前には大粒の涙を溜めた幼馴染の顔があった。

法医は狭い路地に横たえられていて、彼女はその顔を覗き込んでいた。

「良かった!気が付いて!本当にアデリードなのね?アディにはもう会えないと思っていたから、嬉しくて・・・ハウリーは?彼もいっしょなの?」

夢の中の住人であったはずの彼女の涙がぼたりと法医の顔に降ってきた。

「ロッテ、ごめん・・・ハウリーは・・・」

「そう・・・やっぱり・・・。でもアディとこんな所で再会できるなんて驚いたわ。」

シャルロッテはさびしそうにつぶやいたが、法医の顔に落ちた涙をハンカチで

ぬぐい、気丈につづけた。

「今、隣国の貴族の支援で反乱軍を結成しているの。ここは前哨戦よ。この国に不満を持つ者は五万といるわ。あのイカれた王を玉座から引きずり

おろしてやるんだから!ただ面倒なのはこの国の法医よ。天才だか何だか知らないけど、あいつがいるから王はなかなか死なないし、兵も減らない。

本当に厄介だわ。アディはどうしてここにいるの?あ、それよりどこか怪我がないか診ないと・・・」

そう言って白衣に手をかけたシャルロッテは顔色を失った。

「パールファイディーの・・・紋章・・・」

その目は法医のサーベルに注がれていた。

「ロッテ・・・待ってくれ、違うんだ・・・」

何が違うのか、自分でもわからなかったが、とにかく何か言わなくては、と間抜けなセリフが口をついて出た。

「死人をも甦らせる天才法医・・・貴方のことだったの!アデリード!信じられない!ハウリーや皆を殺したあの王に仕えているなんて!」

「シャルロッテ・・・!」

「嫌!聞きたくない!」

シャルロッテは耳をふさいで首を振った。

そして立ち上がると駆け出した。

「シャルロッテ!」

法医もすぐさま立ち上がろうとしたが、背中を強く打ったようで体がひきつった。

「・・・っ!」

怪我を負って即座に治癒しないとは一体いつ振りか。

法医は痛みが治まらない自身に違和感を覚えつつも、重い体を引きずり、村を歩き回った。

しかし再びシャルロッテの姿を見つけることはできなかった。

 

 

 

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