第7話
私は今海岸沿いの宿場町に来ている。
町、と言っても宿が一軒あるだけの小さな漁村だ。
しかしここには私の好奇心を揺さぶってやまない名物がある。
巨大海亀鮫、通称メガウミガメ。
満月の晩にメガウミガメは海岸に現れ、産卵する。
そして産卵時には痛みか感動かわからないが、涙を流すらしい。
その珍しい光景と、産み落とされた卵がこの漁村の名物なのだが、メガウミガメは産卵前に2週間から
1月ほど、その海岸が産卵に適しているか現場調査をするらしい。
そして運の悪い人間がその場に居合わせてしまったら、産卵前で気が立っているメガウミガメに容赦なく海の藻屑にされてしまう。
なのでこの海岸は産卵が終わってからが観光シーズン到来なのだ。
私のような好奇心旺盛で腕に覚えのある旅人などは、産卵見物に来たりするようだが、何かあっても町は一切責任取りませんよ、ときつく念押ししてくる。
「姫様~、もういい加減帰りましょうよ~。きっともうこの海岸には来ないのですよ~。」
海を眺める私にお供のクリストファーが情けのない声を上げる。
町の者が最後にメガウミガメを見たのは2週間前。
ここは選ばれなかったのか。
町の者たちも今年は来ねぇんだべかなぁ。なんて言っていた。
「ウィニーだ、と何度言えばわかる。それにここは寄り道だ。目的地は別にあるのだからまだ帰らぬぞ。」
「そんな!2件のご確認だとおっしゃったではないですか!」
「2件確認したうえで、私自身の確認すべきことがある。」
「そんなぁ~。」
クリストファの女々しい声に反応するものがいた。
「あ!お前らはあんときのあんちゃんたちじゃねぇか!」
「こないだは何で急にいなくなったんだ?心配したじゃねぇか!」
「・・・。」
先日ミーアと出会った山で知り合った冒険者達だ。
ミーアの一件ですっかり忘れていたが、こいつらの存在と問題を置き去りにして来たのに、案外気のいい奴らだな。
「おお!久しいな!先日はすまなかった。このクリストファが急に腹を壊して医者にかかりに行ったのだ。お前たちは何をしているのだ?やはり
メガウミガメを見に来たのか?」
「おうよ!まぁ俺たちのお目当ては卵の方だがな!鮮度が良ければ良いほど値が上がるが、メガウミガメが戻ってこないとも限らねぇってんで、
危なくて町の奴らが収穫できるのは日がたっちまうから、代わりに俺たちが産み立てほやほやを採集するってシゴトなわけよ。」
「なるほど。ではまだこの海岸にメガウミガメが来る可能性はあるということだな?」
「そうさ!この海岸沿いの町や村を回って調べてきた結果、今年はこの町だと俺たちは踏んでる。まぁ奴らも1匹や2匹じゃねぇから
他にも出るだろうが、俺の読みじゃあここが一番確実だな。」
「おお!それは頼もしいな。楽しみだ。」
「だな!」
気のいい冒険者は歯を見せて笑った。
***
その夜。
奇しくも今日は満月。
というか満月だからダウェイ達が来たのだろうが、はてさてお目当てのメガウミガメは現れるか・・・。
宿の女将に用意してもらった夜食のパンを食べながら海岸をしばらく眺めていると・・・。
ザザ・・・ンと寄せては返す波の合間に、つるりとした頭と固そうな甲羅が見える。
「来た・・・!」
だれともなくつぶやき、全員が固唾を飲んで見守る。
海岸に上がった大きな亀・・・のような甲羅をもち、魚のようなヒレと尾をした・・・でっかい魚に甲羅がついた生き物だな、つまりはメガウミザメが
あたりを見回し、ついに産卵を始めた。
その瞳からは伝え聞いた通り大粒の涙を流し、産みの苦しみか、わが子誕生の喜びか、まだ私が味わったことのない感情を表している。
近くにいる冒険者たちはその光景に感動し、メガウミガメ以上に落涙している。
こいつら感情表現豊かだな。
そして私の横にいたはずのクリストファは青い顔をして後ろの岩陰でげーげー吐いている。
え?こいつこういうのダメだったの?
クリストファの意外な弱点を発見したところで、メガウミガメは産卵を終え、器用に尾で卵に砂をかけ、守るように隠した。
私たちはメガウミガメの姿が見えなくなるまで海岸を見つめ、ダウェイの掛け声で作業に取り掛かった。
「よし!やるぞ!」
『おう!』
***
遠巻きに見ていた時から思っていたが、メガウミガメのサイズがサイズなだけに、卵もデカい。
およそ私の頭ぐらいだろうか。
ザラム達の作業を私は近くで興味深く見つめた。
「それは何をしているのだ?」
「まずは海水で砂を洗って、そのまま表面の膜を取っちまうのさ。」
「これがうまく取れるかとれないかで卵の味が全然違うんだぜ!これに栄養があるとかいうやつもいるけど、売りもんにするにはなるべく早く
取った方が見た目がキレイだし高く売れるんだ!くっついてる時間が長いと卵が変色するからな!」
「・・・。」
慣れた手つきで冒険者たちは次々と卵の膜を取っていく。。
「私も一つやってみてもいいか?」
「いいけど傷つけないように気をつけろよ!」
「よし!クリストファもや・・・らないな。」
青い顔を横にぶんぶん振って拒絶された。
あいつ料理はできるはずなんだけどな。
私は卵を一つ砂から掘り出して海辺に持っていき、砂を落として慎重に膜をはがしていく。
つるりと取れるところもあれば、引っ付いてはがれないところもある。
なかなかダウェイ達のようにサクサクとは進まないな。
初めて会ったときはガラの悪い連中だと思ったが、こうして話してみるとザラムとシーグの二人はもともと人懐こい性格なのか、いろいろ面白い話を
聞かせてくれたり、こちらに気を使ってくれたりする。
もう一人のいつもフードをかぶった男、スライは無口で何を考えているのかわからんが、手際はいいので二人と同じような仕事を長くやっているのだろうなと思った。
「ん~、こんなものかな?」
と私が卵をかかげてしげしげと眺めていると、
「お、初めてにしちゃ上出来じゃねぇか!」
と、ザラムがほめてくれた。
「それは良かった。ではこれもその剥いた卵の山に混ぜていいか?」
「いや、そいつはお前さんの分だ。折角だから自分で採った卵、食ってみろよ。」
「おお!いいのか!実はちょっと気になっていたんだ!」
ザラムは気前よくクリストファの分も、と自分たちが加工した中からもう一つくれようとしたが、クリストファは固辞した。
好き嫌いは良くないぞ~。
クリストファは珍しく私の荷物(卵)を持つと言わず、何もしていないのにやつれた顔で宿に戻った。
夜も遅いから、これを食べるのはまた明日の朝にするとしよう。
***
宿に戻って自室に向かったとき、違和感を感じた。
しかし疲労と、まぁ大丈夫だろうという楽観的思考であまり気に留めなかった。
部屋の扉を開けて中に入った瞬間、後ろから身を滑らせて来た者がいた。
そいつに後ろから突き飛ばされ、ベッドの上でうつ伏せの状態でのしかかられた。
後ろ手に掴まれた腕が痛い、そして体重をかけて乗られているので重くて息が苦しい。
「お・・・まえ」
「静かにしろ。」
そういえばこいつの声を聴いたのは初めてだ。
「スライ!」
「黙れと言っている。」
冷たく言い放ったスライに頭を押さえつけられ、枕に埋め込まれる。
息が苦しいだろうがっ!
「聞かれたことにだけ答えろ。お前は何者だ?俺は少しだけ魔力があるからお前の身に力が廻っているのが見える。ただの富豪の息子じゃないんだろ?
何が目的だ?どうしてザラムに近づいた?お前が何をしようと勝手だが、俺たちに害をなすつもりならここで仕留める。」
スライの口調は真剣そのものだ。
言い方を間違えるか機嫌を損ねたらすぐにも息の根を止められそうだ。
こういう時に限ってあいつは何をしているのだ。
まぁ大丈夫だろう、と思ったのにはザラムの仲間のスライがおかしな真似をするわけはないだろうというのと、なんやかんやクリストファもいるしなと
考えての事だったのに。
ザラムが大事過ぎてスライが凶行に出る、は考えたくなかったなぁ。
そして枕に押さえつけられたままでは何もしゃべれないじゃないか、という抗議の為、私は枕に突っ伏したままムーッムーッ!っと声にならない音を発した。
「おっと、大声出すなよ。」
そういってスライは乱暴に私を仰向けにし、私の両手首を頭上で片手で掴み、のど元にナイフを突きつけた。
やっとまともに息ができる。
「スライよ、私の目的は前にも言ったが観光だ。珍しい物を見るのが好きな道楽息子さ。私の体に魔法が廻って見えるというのはおそらく、しばらく前に
私はある魔法の薬を飲まされた。解毒剤も飲んだが、まだその残りがあるのかもしれない。お前のほかにも、私の身の内にキラキラ光るものが見える、
と言った者がいる。きっとその薬の事だ。私自身にはなんの力もない。」
私はミーアの一件を思い出して伝えたが、あっさり否定された。
「違うな。そんな一時的なものじゃない。あんたの魂に根付いている。」
だったら
「ならきっとそれは呪いだ。」
「呪い?」
「私の家は呪われているんだ。とはいえこの呪いは私自身に降りかかるだけで、他者が巻き込まれる事はない。もちろんお前たちも。約束しよう」
「・・・わかった。悪かったな。」
私の言葉に偽りはないと受け取ってもらえたようで、スライは思いのほかあっさり引いてくれた。
やれやれ、あいつがザラムにしか興味がないやつでよかった。
***
昔々あるところに、仲の良い姉弟がいました。
姉はとても強力な魔法使いで、弟が国を興すのに尽力しました。
弟は姉の助けで国を興し、いつしか大国へと発展させました。
姉は言いました。
愛しい弟よ、そろそろ私たちも跡継ぎをもうけましょう。
弟は言いました。
姉君の事は愛しているが、私の愛とあなたの愛は違うようだ。
無下にされた姉は怒り、弟に呪いをかけました。
「私を拒むなんて許さない。お前にもお前の子々孫々までも私と同じ呪いをかけてやる。」
そうして姉は国を去り、残された弟は王様としてその国を守り続けました。
末代まで解けぬ呪いと共に。
***
サントノーレに伝わるおよそ子供向けとは思えぬ童話。
何故か王家の子供たちは皆、子供時分にこの話を寝物語にされる。
まるでそれがこの国の建国神話かのように。
もし呪われた子が産まれても、それは運命なのだと慰めるかのように。
そういえば私に母親が誰か教えてくれたのも、この話をしてくれたのも彼女だ。
彼女は私を疎んでいたが、私は彼女を恨んではいない。
むしろ感謝している。
私が一番幸せだったのは、彼女のもとにいた時なのだから。
もやがかかったような頭をふるいおこし、目を開けた。
夢を見ていたのか?
窓の外はまだ暗い気がするが、これ以上ベッドにいても眠れる気がしなかったので、海岸沿いに散歩に出ることにした。
***
空はまだ白んでもいないが、海は変わらず穏やかだった。
さすがに早すぎたのか、周囲には誰もおらず、貸切状態だ。
これなら海に入るのもいいかもしれない、と思ったが、クリストファがうるさそうだからやめておいた。
早朝の空気を吸い込んでいると、岩場で何か小さな影が動いた。
身構えて目を凝らすと、そこにいたのは子供だった。
少女が一人で遊んでいる。
この町の子供だろうか。
それにしては身なりがいい気がする。
こんな子供が一人でいるのは違和感がある。
親は近くにいないようだが、ひょっとして迷子だろうか。
見つけてしまった以上、放っておくのも気が引ける。
よからぬ輩に見つかったらさらわれて売り飛ばされそうだし。
とりあえず保護して宿にでも預けるとするか。
「おーい、そこの子供。親はいないのか?一人で何をしている?」
私が話しかけると、少女は一人で退屈だったのかぱぁっと顔を輝かせて腕にしがみついてきた。
「いいこでここでまってる。むかえにくる。」
「そうか、迎えが来るのか。それは良かった。しかしこんな暗い時間に子供一人では色々と危ないだろう。私と一緒に宿に行こう。」
「ここにいないと、むかえにきてもらえない。」
「明るい時間になったらまたここに連れてきてやる。宿に行けば飲み物ぐらい出してやれるぞ。」
言いつけを守ろうとする少女を私が物で釣ろうとすると、少女のおなかがきゅるるるる・・・と切なげな音を立てた。
「腹が減ったなら食べ物もある。」
少女は歯を見せて笑って、差し出した私の手を取った。
思ったより重いな。
***
クリストファを叩き起こし、食堂を勝手に使わせてもらって少女に飯を食わせた。
よほど腹が減っていたのか、大食いの大人でも驚くような量が彼女の胃袋に収まっていく。
これほどまでに空腹とは、保護者にはあとで子供にきちんと食事を与えるよう説教する必要がありそうだ。
少女が物珍しげに熱視線を送るので、最後にはとうとう昨夜の戦利品、メガウミガメの卵も食わせてやった。
調理をするクリストファの青ざめた顔が面白かったからまぁいいか。
「姫様、あの・・・この少女は一体・・・。」
「ウィニーだ。海岸に一人でいたのだ。不用心だから連れてきた。他国とはいえ幼子が拐されては不憫だと思ってな。どうだ、腹は膨れたか?
そろそろ明るくなってきたし、海岸にお前の親を探しに行くとするか。」
「うん!」
そうして再び海岸に戻って来たのだが・・・
「お前の親はいつここに戻るのだ?いつまで待てと言われた?」
私の問いかけに少女は
「いつ?・・・もどるまで、ここでまてって。」
と、明確な指示を与えられていなかったようだ。
まずいな。
もし入れ違いになっていたとしたら、拐しの犯人は私ではないか。
仕方なしに少女と海岸をふらふらと散歩していると、波の流れが変わった、と思った次の瞬間、巨大な甲羅を持った魚・・・メガウミザメが現れた。
しまった!
とっさに少女を背にかばい、腰のサーベルを引き抜いて構えると、こちらに焦点を合わせていた魚がズン・・・と大きな音を立てて倒れた。
「危ないところでしたね、姫。」
の魚の甲羅の上に乗っていたのは、私が最も会いたくない王子ランキング急上昇中の男だった。
「じゃん!」
少女が私の背からひょいと顔を出して叫び、ジャンのほうへと駆け出し、彼に飛びついた。
そういえばこの少女、光沢のある固い真っ白な肌に長い黒髪、恐ろしいほどの食欲、見た目を裏切る重量。
「まさかそれ、ミーアか!ここで何をしている!」
「おや、お気付きじゃなかったんですか?ここはまだルージュクール領で、害獣のせいで町民がおびえて暮らしているという嘆願があったので
討伐しに来たのですよ。どこに現れるか定かでなかったので、とりあえずミーアをここに置いて近隣を探していたのですが、まさかここにでるとはね。」
「まぁ、ドラゴンなら子供とはいえ魚にやすやすと食われることはないだろうが・・・それにしてもこんな幼気な子供を置き去るとは人道に反するとは
思わんのか。というかお前の国では神聖な生き物じゃなかったのか。よくもまぁあんな怪しげな薬を・・・罰当たりな・・・。」
私が半眼で見やると、ジャンはミーアを抱き上げて弁解した。
「ミーアを連れてくるつもりはなかったのですがね、勝手についてきちゃったんですよ。この子を止められるものなどいませんからね。ミーアは
誰にも何も教わらず、一人でいる時間が長すぎた。子供時分からやり直して色々教えてやるのがこの子の為かと。ドラゴンの寿命からしたら
私の一生など瞬き程度の時間でしょう。」
「そうか!それは見上げた心意気!初めてお前に感心したぞ!一生かけてミーアの世話をするといい。では私は先を急ぐのでこれにて!
良かったな、ミーア。ジャンが生涯をお前と共にしてくれるそうだ。」
私の切り返しにジャンはそんな~、とクリストファのような声をだし、ミーアは嬉しそうに笑った。
私は少しばかりミーアがうらやましいと思った。