top of page

顔も名もわからない君

むかしむかしある国に、王様とお妃様と一人息子の王子様がなに不自由なく、幸せに暮らしておりました。

国は豊かで平和で、足りないものを上げるとすればただ一つ、王子様の伴侶だけでした。

王子様は子供のころから文武共に優秀で、この王子様がいれば国の未来は安泰だと王様もお妃様も家来も民衆も

みんなが王子様を愛し、尊敬し、期待していました。

しかしそんな王子様にはあるコンプレックスがありました。

王子様は母親であるお妃様によく似た美しい顔立ちをしていましたが、お妃様に似て体格も華奢で小柄、平たく言うと

背が低かったのです。

背が低いからと言って王子様を揶揄するものも敬遠する者もなく、王子様には縁談がたくさんあり、

中にはその小柄な体躯に逆に魅了される者もいましたが、こればかりはコンプレックス。

王子様自身の問題であり、他者が何と言おうと、王子様の心のつかえが取れることはありませんでした。

ある日、そんな王子様へ王様とお妃様からあるミッションが与えられました。

王子様もそろそろいい年なので、しかるべき女性をお嫁にもらい、国を継ぐ準備をしなさいというのです。

王子様は悩み、側近に相談しました。

「結婚するなら絶対に俺より背の低い女じゃなきゃ嫌だ。」

側近は王子様の要望に「わかりました。」と返事をし、お城に国中の娘を集めて舞踏会をする事にしました。

国中の娘を集めて、順番に王子様の横に並べていけば、王子様より背の低い娘を探すのに手っ取り早いと考えたのです。

そうして国中にお触れが出され、若く美しい娘たちが城に集められました。

王子様は国中の娘と話したりダンスをしたりしてどんどん数をこなしていきました。

途中何度も疲れてへばりそうになりましたが、側近に「王子様がどうしてもと言うから国中の娘を集めたのです。自分で決められないのなら

私が代わりにこの中で一番背の高い娘に決めてあげます。」と言われたので、最後の一人まで気合でお相手しました。

舞踏会で王子様がお相手した娘たちの中に、何人かは王子様より背の低い娘はいました。

結婚相手の外見にこだわっていた王子様ですが、残念なことにその数人の娘たちの顔と名前がさっぱり思い出せません。

王子様は頭はいいのに、人の名前と顔を覚えるのがたいそう苦手だったのです。

このままでは側近にこの中で一番背の高い娘を結婚相手に決められてしまう、と王子様は焦りを覚えましたが

「どの娘にしますか?」と問われたところで、どの娘がどんな娘でなんという名前だったのかさっぱり思い出せません。

はっきり言って王子様にとってこの会場のどの娘もみな同じように見え、違いがわからないのでした。

これはまいった…と王子様が頭を抱えていると、バン、と舞踏会場の大扉が開き、一人の娘が入ってきました。

会場はざわめきました。

その娘が舞踏会に遅れてやってきたからではありません。

その娘があまりに美しかったからです。

王子様はその美しい娘ともぜひ背比べをしなければと立ち上がりました。
娘の手は小さく、肩幅は華奢で、靴もとても小さかったので、きっと背も低いと思いました。

娘の手を取り、ダンスをしました。

意外と目線は上でした。

自分より背の高い娘と並んだら、自分がより小さく見えるではないか。

その一念で結婚するなら自分より背の低い娘でなければだめだ、と言い続けていた王子様ですが、

その美しい娘とのダンスはとても楽しいものでした。

この娘が自分より背が低かったらすぐさまこの娘に決めるのに、と、娘の背の高さを悔やみました。

そんな王子様の心のうちなど知る由もない娘は、終始はにかんだ笑顔を浮かべ、楽しそうに王子様とダンスをしました。

王子様は娘に問いました。

「ずいぶんと楽しそうだが、お前は私のような背の低い男と踊るのは嫌ではないのか?」

娘は王子様に答えました。

「このような素晴らしい機会に対して、背の高さなど些細なことではありませんか?」

娘は家では召使いのように働いており、お城の舞踏会などという華やかな場所に来たのは初めてで、

目に映るものすべてが新しく、美しく、輝いて見えたのでした。

人の顔と名前を覚えるどころか、王子様の為にと大勢の者の協力で開いた舞踏会を楽しむ事ができない自分を

王子様は恥じました。

そしてこの娘の無垢で純真な笑顔に惹かれました。

楽しい時間は流れるのが早いもので、気が付くとボーン、ボーンと12時を知らせる鐘の音が聞こえてきました。

王子様はもう少しこの娘と踊っていたいと思いましたが、娘は慌てて王子様から身を離し、もう帰ると言い出しました。

「待ってくれ、せめて名前を…

そう王子が叫んだ時には娘の姿は舞踏会場から消えていました。

「それでどの娘にするのですか?」と再び側近に問われた王子は答えました。

「この靴の合う娘だ。」

王子の手にあったのは舞踏会場に取り残された片方だけの小さなガラスの靴でした。

翌日から側近は国中の娘がいる家をめぐり、王子様から預かった靴を履くことのできる娘を探しました。

中には親指を切り落とし無理やり足を靴にねじ込む娘や、かかとを削り落としてなんとか靴を履こうとする娘もいましたが、

そんな狂気じみた娘を王子様の結婚相手になどできません。

国中の娘がいる家を回ってこの家が最後のはずでした。

王子様の側近はこの家の女主人に問いました。

「この家にもう他に娘はいないのですか?」

女主人はいないと答えましたが、丁度そこへ水汲みから戻ってきた娘がいました。

すらりとした体躯の華奢な娘です。

王子様の側近は「いるではないか。」と女主人の嘘に憤慨しましたが、気を取り直して水汲みから戻った娘に

ガラスの靴を履かせました。

靴は娘にぴたりと合い、しかもその娘はもう片方の靴も持っていたのです。

王子様と娘は城で結婚式を挙げることになり、そこには娘の二人の義理の姉も招待されました。

娘は花嫁衣装に身を包み、なぜか肩に二羽の白いハトを乗せていました。

そのハト義理の姉達のところへ飛んでゆき、二人の目をつついて取り出してしまいました。

王子様は思いがけない事態に頭の中が真っ白になりましたが、花嫁姿の娘は楽しそうに微笑んでいました。

「あの者たちはお前の姉ではないのか?」

とビビる王子様に対して娘は

「彼女らは私の父の再婚相手の連れ子です。私をいつも召使いのように扱っていましたが、恨みに思っているわけでは

ありません。義姉達はとても美しいので、これで彼女たちの外見目当てによって来る殿方がいなくなってよかったでは

ないですか。​きっとこれからは誰もが彼女たちを内面で判断してくれることでしょう。」

とのたまいました。

王子様は、義妹を召使い扱いする女の内面が良いわけはないだろう、と思いました。

そして隣に並んだ王子様より少し背が高く真っ白なドレスに身を包んだ娘が一点の曇りもない笑顔で微笑んでいる姿を見て

うすら寒くなりましたが、この娘はきっとどんなことも些細なことと笑ってくれるのだろうと思いました。

​​

まぁいいか。

めでたしめでたし。

エピローグへ

bottom of page