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ガラスケースに横たわる理想

むかしむかしある国に、王様とお妃様と二人のお姫様がなに不自由なく、幸せに暮らしておりました。

国は豊かで平和で、足りないものを上げるとすればただ一つ、お世継ぎの王子様だけでした。

 

そこへ、待望のお世継ぎが生まれたのだからさぁ大変。

王様も​お妃様も家来も民衆も、国中のみんなが王子様を一番に大事に大事にしたのです。

当然、それまで一番大事にされてきたお姫様たちは面白くありません。

そこで、皆に見つからないところでこっそりと王子様をいじめ続けたのです。

ある時は王子様の大好物のおやつのドーナツをみんな食べてしまったり

またある時は王子様にお姫様たちのドレスを着せて一緒に街へ探検に行き置いてきぼりにしたり

またまたある時は王様のペットのライオンにえさをやるのは王子様の仕事だと言ってライオンの檻の中に閉じ込めたり

またまたまたある時は城中に隠した七つの球を探し出して願いをかなえる龍を呼び出すまでは王子様の大親友のふわもこに

会わせてやらないと言って延々さまよわせたり

毎日毎日お姫様たちにいじわるをされ続けた王子様は、成人するころにはすっかり女性不信になってしまいました。

ある日、そんな王子様へ王様とお妃様からあるミッションが与えられました。

王子様もそろそろいい年なので、しかるべき女性をお嫁にもらい、国を継ぐ準備をしなさいというのです。

王子様は悩みました。

王子様にとって女性はみなにこにこと笑顔をたたえていても、王様やお妃様の目の届かないところではきっと意地悪をするに違いない。

自分に意地悪をする人をわざわざ増やさないといけないなんて、なんと気の重い事だろう、と。

そうしてうんうんうなるだけで、お年頃の王子様には浮いた話の一つもなく、結婚を促しても全く積極的に動こうとしないので、

王様とお妃様は悩みました。

せっかく待望のお世継ぎがそろそろ成人を迎えようというのに、肝心の王子様に次の世代のお世継ぎをもうける気がないではないですか。

これでは国が続きません。

業を煮やした王様とお妃様は、国中の娘を招いて、舞踏会を開くことにしました。

美しく着飾った娘たちの中から、気に入った者を王子様のお嫁さんにさせようということです。

舞踏会には国中から美しい娘達が集まりました。

王子様は背が高く温和でなかなか可愛い顔をしていたので、集まった娘たちは一瞬で王子様のとりこになってしまいました。

我先にと王子様の周りにまとわりつく様は、まるで砂糖に群がるアリのようだ、と王子様はどこか他人事のように笑っていました。

その笑顔がまたステキ、とばかりに周りを蹴落として自分が見初められようとする娘達は、二人のお姫様が王子様に意地悪を

するときによく似た顔をしていました。

王子様はぞっとして、舞踏会を後にし、自室に引っ込んでしまいました。

王様とお妃様は悩みました。

あれだけ美しい娘たちをたくさん集めたというのに、王子様の食指はピクリとも動かないとは。

王様とお妃様はお世継ぎは諦めました。

しかし、王様とお妃様は王子様のことを本当に愛していたので、生涯の伴侶がいないのは寂しいだろうと、国中の若者を集めて

舞踏会を開きました。

舞踏会には国中から若者が集まりました。

ドン引きな者が多かったようですが、強制イベントなので逃げられません。

王子様は背が高く温和でなかなか可愛い顔をしていたので、集まった若者の中には一瞬で王子様のとりこになってしまう者もいました。

王子様はその辺はノーマルだったので、ぞっとして舞踏会を後にし、自室に引っ込んでしまいました。

王様とお妃様は何がいけなかったのだろうとまた悩みはじめ、次はどんなジャンルの舞踏会にするかと相談をしていました。

だんだん楽しくなってきたのか、きゃっきゃはしゃぐ声さえ聞こえてきます。

 

 

そんな二人の様子に、王子様は大きくため息をつき、言いました。

「自分の結婚相手は自分で見つけてまいります。」

​そうして、王子様はお嫁さん探しの旅に出たのです。

王子様が嫁さがしの旅に出たという話はあっという間に国中に広まり、王子様の行く先々に我こそはと若く美しい娘たちが

現れました。

しかし王子様はどんなに若く美しい娘を見ても、城に連れて戻りたいとは思えませんでした。

 

また、王子様の行く先にはまれに我こそはと屈強そうな若者が立ちはだかりました。

王子様はそこはノーマルだったので全力で逃走しました。

そうして旅を続けていると、隣国のある森の中で、ガラスの箱を囲みしくしくと泣いている7人の小人達に出会いました。

女性不信ではあるものの、心根の優しい王子様は悲しげな様子の小人達を不憫に思い、いったい何があったのかとたずねました。

すると小人たちは意地悪な継母に毒りんご食べさせられ絶命した哀れなお姫様の話をしました。

王子様は気の毒に思い、自分も冥福を祈ろうとしました。

王子様に冥福を祈ってもらえるとはありがたい、と小人たちはガラスの箱の周りを開け、そこに横たわるお姫様を見せました。

ガラスの箱の中に横たわったお姫様は、陶磁器のように白い肌に黒檀のような黒い髪、そしてバラのように紅い唇をした

とても絶命しているとは思えない美しさでした。

王子様は一目で恋に落ち、お姫様は二度と起き上がることはなく、お姫様の瞳に自分が写ることがなく、お姫様の口が

自分に話しかけることがないことを嘆き悲しみましたが、同時に喜びもしました。

世にも美しいこのお姫様は、王子様に意地悪をすることはないのですから。

王子様は小人達にお姫様の亡骸を持ち帰り、手厚く供養したいと願い出ました。

小人達は王子様の妖しい瞳の輝きに眉をひそめましたが、このまま森で朽ち果てていくよりはいくぶんましかもしれないと思い、

王子様にお姫様を託すことにしました。

王子様は歓喜し、ガラスの箱を開けて美しいお姫様を抱き上げ、その真っ赤な唇にそっと口づけをしました。

その様子を見た小人たちは驚愕し、大事なお姫様の亡骸になんという冒涜をするのだと猛抗議しました。

しかし次の瞬間、こほこほ、と小さく咳き込み、口元から小さなリンゴのかけらを吐き出したお姫様が目を開けたのです。

小人たちがその奇跡を大いに喜び、わーいわーいと小躍りをして取り囲む中、王子様は突然意識を取り戻したお姫様に

どう接したらいいのか解らずフリーズしてしまいました。

するとお姫様がのんびりした声で言いました。

「あなたが私を目覚めさせてくれた王子様?」

王子様はどもりながらも応えました。

「そそそ、そうです!

私があなたを目覚めさせた王子です!」

「そう、それはどうもありがとう。」

にっこりと微笑んだその顔は、姉のお姫様達とも、他のどんな若く美しい娘達とも全く違うものでした。

そしてその美しい真っ赤な唇は続けてこう言いました。

「それはそれとして、あなた今、私に無断で口づけましたね。私は曲がりなりにも大切に育てられたこの国の姫です。

口づけなどしたこともされたこともありません。責任、とっていただけますね?」

もともと連れ帰ろうと思っていた姫でしたが、なかなかはっきりした物言いの姫でした。

しかし王子様はにこにこといい顔をして裏で意地悪をされるよりは、何でもはっきり言ってくれた方がいっそ気が楽かなと思いました。

「もちろんです。私の国に一緒に帰り、結婚してください。」

そうして王子様の長い旅は終わりを告げました。

国に帰ると王様とお妃様は王子様の気が変わらないうちにと、ソッコーで結婚式の支度をしました。

お姫様はぜひとも自分の継母、隣の国のお妃様を招待したいといい、王子様は快く引き受け、お姫様の継母を結婚式に招待しました。

すると結婚式に訪れた継母に、お姫様はそれまでの仕打ちの仕返しとばかりに焼いた鉄の靴を履くように命じました。

 

その様子を見ていた王子様の姉のお姫様たちは、なんと恐ろしい義妹ができたのだろう!と驚愕し、自分たちが王子様にしてきた事にも

どんな仕返しをされるかわからないと恐れおののき、とっとと有力な貴族と結婚を決めて城を出ていきました。

その様子を見ていた王子様は、これほどヤバい姫は他にいないだろうが、これほどヤバい姫だと初めから解ったのだから、これ以上驚くことも

あるまいと思いました。

それに女性不信の元凶である姉のお姫様達がいなくなったのにはこっそり喜びました。

その様子を見ていた王様とお妃様は、​ヤバい嫁が来てしまった、と思いましたが、王子様がお姫様の横であんまり幸せそうにへらへらしているので

よしとすることにしました。


​​

まぁいいか。

めでたしめでたし。

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